2023年度バフェットからの手紙(3)さようなら、チャーリー・マンガー
節約発投資行き ·
ベン・グレアムの教えをすべて放り出せという、1965年のチャーリーの助言が紹介されていた。 「そこそこの企業をすばらしい値段で買う」という手法を捨てさせたのがバークシャー飛躍の起点だったんだな。 バークシャーを「設計監理した建築家」と自ら称するバフェットの言葉に、二人の強固な信頼関係が詰まってる。 投資判断において、自分を正気へと引き戻してくれる相棒がいたことは、成功における最大の幸運だったかもしれない。
今回の「株主への手紙」では最初のページに、ウォーレン・バフェットからチャーリー・マンガーに向けた弔辞が掲げられています。以下、その全文です。(日本語は拙訳) バークシャ・ハサウェイを設計監理した男、チャーリー・マンガーチャーリー・マンガーは100歳の誕生日まであと33日の、11月28日に亡くなりました。彼は[ウォーレン・バフェットと同じネブラスカ州の]オマハで生まれ育ったものの、存命中の8割は別の場所で暮らしていました。そのため、わたしが彼とはじめて対面したのは1959年になってからで、そのとき彼は35歳でした。その彼が資産管理の道を歩むべきだと決意したのは、1962年のことでした。その3年後に、彼はわたしをこう諭しました。「バークシャーの経営権を買った判断はお粗末だったね」と。しかし、彼は次のように請け合ってくれたのです。「済んだことは良しとして、まちがいを正す方法を説明しよう