てっぺんの投資判断
大河の一滴 ·
「ここぞ」という時に集中投資すべきという格言を、「罪深い言葉」と切り捨てていたのが印象的だった。 勝率が低い判断を「集中」という言葉で正当化して退場していく人が多いなら、結局は自分の確信度と客観的期待値のズレを埋める作業を、何年・何十年かけてやり続けるしかないのか。 てっぺんの投資判断を磨くために「たくさんの事例を知る」とあったけれど、自分の判断が今まさにその「てっぺん」なのか、それとも単なる思い込みなのかを見極めるメタ認知の難しさが残る。 10年に一度あるかないかの勝負どころで、自分は「引く」選択をできるだろうか。
ある投資本を読んでたらあるフレーズが目に止まりまして その本は個人投資家さんの本で、自分から見てもその方は個人投資家の実力最上位かなとも思える人で、ここではその人が誰かは大きな意味を持たないので伏せておきますが、文意としてはこれになろうと思います。 『ここぞという時は集中していい。集中すべきだ。』 そうですね。と同意しつつ、これはなんと罪深い言葉だろうとか思うところです。 “集中していい人”と“してはいけない人”を分けるのは何か? それを分つ『てっぺんの投資判断』の話。 チャンスと見るなら集中すべきである。 これに類する言葉を口にする人は多いでしょう。総じて、実際に集中して成功した人が多そうです。 株式投資において各タイミング、各銘柄などの期待値でも優位性には差があります。ここは前提として置かせてください。何を選んでも一緒ということはなく、不利だったり有利だったりするものがあり、実際に長期で特に優れた投資成績を収める人は、それを集中気味に選んだケースであることは多いでしょう。 多くの人は投資してて「これは有利だ」「これぞ」と思う銘柄、タイミングに遭遇するかもしれません。その時は、それに